社長のひとりごとCOLUMN

社長のひとりごと
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2021.07.06「オーラ」についての一考察

 「オーラ」という言葉を聞いたことがあるかと思います。芸能界やスポーツ界で活躍している人を街角で見かけたときなど、えもいわれぬ「オーラ」を感じたことがある人も多いのではないでしょうか? 検索してみると、オーラは「人や物から出ているエネルギーの色や見方」「エネルギーそのもの」「輝きにも強い弱いがある」「人によっても見方が違う」「周りの状況や環境のエネルギーに影響されて変化する」などとあります。

 自分の体験では、20年程前に、ある自己啓発の研修を受けた際に、非常に閉ざされた空間で、未来の夢を語りあうことがあったのですが、語っている人や聞いている人の周りから黄色いモヤモヤした霞みたいなものを見ましたが、改めて思い出してみると、あれが「オーラ」だったかもと思っています。結局は、何か目に見えない精神世界的なものと見れば良いのでしょうが、ひとつ自分が面白いと思うことは、オーラを自分で見ることができれば、自分が物事にどれ位懸命に関わっているかのバロメーターになって面白いかもしれません。多分、普通の人が見て「オーラ」を感ずる一流の活躍している方は、その地位を守るために、我々には考えられない厳しいトレーニングや課題を自らに課し、毎日戦っている人々ではないかと思うのです。多分寝ても覚めても食事をしていても歩いていても自分の成長を考えている人なのでしょう。

 安倍元首相ら、多くの政治家と親交をもつ鹿児島県最福寺の貫主の池口恵観氏はオーラについて面白い見解を示しています。人間の活動を司る身体と言葉と心の3つを身口意と呼ぶが、この身口意を仕事でフル回転させれば、体が燃えてその人がもつ「光」(エネルギーと言い換えてもいいでしょう)が、ボッと出てくる。光が出るとその人のオーラが強く濃くなっていく。人間のオーラは光とともに、5ミリから1センチ、2センチ、3センチと拡がっていく。光もオーラもはっきりとは目には見えないが、人は自然と六感でこれらを見てしまうので、その人にえもいわれぬ存在感が出るのだと。

 池口氏は百万枚護摩行を達成した人物で知られる炎の行者です。その言葉は重いですね。いかがでしょうか? なかなか見れるものではないでしょうが、身口意をフル回転させて自分なりのオーラを出していき、存在感のある「人」になっていきたいものですね。

合掌

2021.06.01近江聖人の足跡~中江藤樹記念館を探訪~

 知人がネットラジオで中江藤樹に関する逸話を話してました。藤樹を敬愛する馬方(馬の操り人)が、乗客が鞍に忘れた大金を乗客に戻しに30キロも歩いて宿に戻った。その乗客はその御礼に謝礼金を渡そうとするも、藤樹の教えを守る馬方はその謝礼を中々受け取らなかった。また、藤樹が作った店の看板書を依頼主がその文字を気に入り、もう一枚要望したが、「できない」と言って何十枚もの失敗作を見せてお引き取り願った。そして、その知人が藤樹の住居跡に行った折に、藤樹の息吹を感じて涙が止めどもなく溢れた。以上のような話をうかがい、どうしても藤樹記念館に訪れてみたくなりました。

 北陸自動車道「木之本インターチェンジ」で降り、約1時間で到着です。記念館の隣には、陽明園という、日本陽明学の祖と言われた藤樹の生地と中国浙江省余姚市の友好交流を記念して作られた中国式庭園がありました。1986年の町興し基金2億4千万円で作られたようです。藤樹のこの地での功績を顕す庭園でした。

 藤樹は1608年生まれで40歳でこの世を去ります。37歳から陽明学を学びました。このときに「致良知」の大切さを知れば「知行合一」の道に入ることができるという陽明学の大切な教えを学んだのです。人は誰でも「良知」という美しい心をもって生まれます。尊敬して認め合う心です。「致良知」とは、良知を鏡のように磨いて、日頃の行いを正しくするよう努力することです。有名な人間学を学ぶ雑誌の「致知」はこの言葉が語源になっているようです。「知行合一」は、人々は学ぶことによって、人として行わなければならない道を知りますが、学んだだけでは駄目で、良く理解し、実行して初めて知ったことになるという教えです。これらの藤樹の口から発せられた言葉が、熊沢蕃山、大塩平八郎、吉田松陰らに受け継がれて、幕末の動乱期に欧州人が高い学識と豊かな道徳意識をもつ日本人の凄さを知り、植民地でなく、対等な貿易国としての認識に変わる大きな原動力になったことは間違いないと確信しました。

 改めて、国力の源とは、単なる経済発展だけではなく、国民が「人としての正しい学びとその学びに基づく行動力を高めていくこと」にあると今回の訪問で感じました。高島市安曇川の記念館と書院には、日本の国力の源となった藤樹の学びと実践力、広き心と熱い思いがあふれていました。

合掌

2021.05.07ついにやったぞ~松山選手オーガスタ制覇

 この原稿を令和3年4月12日に書いています。今日が5月号の締切日ですが、やはりこの思いを社内報に書きたいという衝動を抑えることはできませんでした。ゴルフ好きにとっては歴史を刻む日になりました。そうです、日本のプロゴルフ選手の松山英樹選手がメジャー中のメジャーと呼ばれるゴルフ界の最高峰のマスターズに勝利したのです。

 12日の現地時間の3時40分に4打差をもってティーアップしましたが、15番、16番でボギーを叩いてしまい、18番ホールでは、2位と2打差に詰められていました。 
 18番ホールもセカンドショットをバンカーに入れてしまい、ピンチを迎えましたが、ピンそば3メートルに寄せてパーにはならずのボギーでしたが、1打差で逃げ切ったのです。
 解説の中島常幸さんも感極まって、声を詰まらせていました。日本のゴルフ界の悲願でもあったのでしょう。前半の9ホールは淡々とプレーしており、緊張感も見られませんでしたが、やはり後半はいつものようにとはいかなかったのでしょう。勝利後の会見では、最初から最後まで緊張していましたと話していましたが、自分にはそのように見えませんでした。

 今回の勝利の理由は数々あるでしょうが、私見ですが、ひとつはメンタルコーチを付けたことで、悪いショットが出ても自分をコントロールすることができたこと。実際に悪くても腐った態度はひとつも見せず、ナイスショットには、はかむような笑顔が見られました。
 もうひとつはパットの練習器具に工夫を凝らしたことです。テレビで、ちらっと映りましたが、シャフトに拳大の器具がついており、何でもそこからレーザーが出て、ボールの方向性を良くする器具のようです。
 そして、松山選手がホールアウトし、ピンを戻した後、帯同の早藤キャデーが、帽子を取ってコースに一礼した姿が、「日本人は威厳があり、敬意を表する人々だ」との評判を呼んだらしいですが、そのようなコースにおけるキャデーの礼儀正しさが松山選手にも伝播して、「オーガスタの女神」を呼び込んだのも勝利の原因のひとつではないかと思います。

 何度目かのコロナの蔓延を聞く生活の中で、気持ちも萎えがちなご時世ですが、下を向くことなく、松山選手にあやかり、同じ日本人として、日々の業務に熱く取り組んで参りましょう。必ずやどこかで、恩恵が巡って来ることと思います。

 最後に、松山選手おめでとうございます。そしてありがとうございました。

合掌

2021.04.05竈門炭治郎から「炭」の話題2つ

 昨年の10月から興行収入400億円を突破してロングラン上映されている劇場版「鬼滅の刃」ですが、自分もコロナ禍の5月にネットフリックスで鑑賞したことが契機になり、本も全巻購入し、映画も公開した翌日には観にいくという有り様で、このような高揚感を抑えることができないのは初めてで、よほど何かが響いたのだと思います。
 炭治郎が命をかけて、掛けがえのないものを守り続け、困難に打ち勝ち成長していく姿に心打たれるといえば簡単ですが、相手の鬼たちの過去に背負った心の痛みなども丁寧に描かれていて、心象描写と美しい絵が相まって、奥深い世界に誘われます。

 竈門炭治郎の名前の「炭」にまつわる言葉を二つ紹介します。

 一つは「炭に入れた火箸を握って離さない」です。一言でいえば、凄まじい「覚悟」を表した言葉です。人がひとつのことを成し遂げようとすると、前人たちがやったことがない道を開拓せねばならないです。
 今、弊社が力を入れている自動車の精緻解体から、プラスチック部品を取って、再度自動車部品に戻す、通称Car to carリサイクルは、過去には誰もやったことのない事業でした。この拡大には、辛く苦しいことがあろうと、志を曲げない、逃げない、諦めない、くじけない、やり切る、やり抜く覚悟が必要です。焼け火箸を握るなどとは、現実にはあり得ませんが、これほどの覚悟がなければ一端のことはできないと言っても過言ではないと思います。

 もう一つは「炭のような人間になれ」です。「ユダヤ人大富豪の教え」でベストセラー作家になった本田健さんの言葉です。29歳の時、お金にまつわる本を書こうと思ったができず、育児でセミリタイアした期間も含めて、4年後に書いた本が処女作でベストセラーになったことで、この4年間が停滞期間ではなくて、作家としての熟成期間になったことの経験を話しています。
 焚き木やバーベキューをやる時、木はパッと炎があがり、メラメラ燃えますが、すぐに燃え尽きます。炭は、火を起こすまでに時間はかかりますが、いったん燃えるとなかなか消えません。地味でかっこう悪いように見えますが、人生においてもジワジワ成功していき、年老いても内なる火はいつもついていて、風を吹き込めばいつでも燃え上がる人生。いかがでしょうか。「炭」のような人間になってみたいですね。

 二つの「炭」にまつわる話題。双方ともに、「忍耐」の重要さを物語ります。

合掌

2021.03.03「感動の授業」~大畑誠也教授のこと~

 大畑教授とは一昨年の10月に一泊研修にて宮崎県椎葉村に行った際にお会いさせていただきました。椎葉村は宮崎県北西部に位置する切り立った山々に囲まれた小さな山村で日本の三大秘境の1つと呼ばれている場所です。「椎葉綾心塾」塾長の綾部正哉氏の話を聞くのに出向いたのですが、椎葉村の夜に同部屋させていただいたのが大畑教授でした。その時交わした言葉が忘れられません。

 「僕は多くの教育の現場で不良学生が立ち直る姿を見てきた。だが、どうしても限界を感じることがあった。何らかの理由で5歳までに親の愛情が与えられなかった子供たちは心底更生はできなかった」という言葉です。

 別の機会に教授の講演を聞きました。教授が考える教育の究極の目的は「親に感謝、親を大切にする」です。高校生の多くは今まで自分一人の力で生きてきたように思っている。親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。このことを教えるのに私は卒業式の日を選びました。視聴覚室に集めた最後の授業です。後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、生徒に隣に正座させる。全員に目を瞑らせてから、『今まで、両親に迷惑掛けたり心配を掛けたりしただろう。交通事故にあって入院したり、親子げんかしたり、弁当に文句言ったり、それを思い出してみろ』涙を流すものが出てきます。『お前たちを高校へ行かせるために、両親は懸命に働いた。学校の先生にお世話になりましたという前にまず親に感謝しろ』『心の底から迷惑かけたと思うなら今隣におられるからその手を握ってみろ』と言うわけです。
 すると一人二人と繋いでいって最後に全員が手を繋ぐ。声を張り上げ『その手は18年間お前らを育ててきた手だ。ゴツゴツした手をしておられるのは、お前たちを育てるために大変な苦労をしてこられたからだ。それを忘れるな』その上でさらに『18年間振り返って、 親に本当にすまんかった。心から感謝すると思う者は、今一度強く手を握れ』というと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。私は『良し、目を開けろ。私が教えたかったのはここたい。親に感謝する授業、終わり』出ていくときに振り返ると親子が抱き合って涙を流しているんです。」

 こんな感動の授業をする大畑教授。でも「限界を感じた」ことがあったと部屋で語られました。
 5歳までの親の愛が極めて重要であることをしみじみと実感させてくれるのです。

合掌

2021.02.15反面教師として学ぶ~「七つの生き方」~

 『社長のひとりごと』は70回を越えましたが、プラス発想で物事を考えようとしていますので、過去に「こうなってはいけない」という文章を書いた記憶はありません。
 今回は、松下幸之助氏の元側近の人物の著書を拝読し、反面教師として、グループの社員に「こうなってほしくない」という考えとして紹介します。頭文字をとり「おまえはひよこ」と覚えてください。

 「お」は「愚かな人」自分で自分の立っている踏み台を壊す人です。飲み屋で会社の悪口や商品をけなしている人たち。周りの人たちはその品を買うでしょうか。会社の発展はありません。回って自分に降りかかってくることになります。
 「ま」は「間抜けな人」努力をしなくても成功すると思っている人です。「人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです」は、イチローの名言です。 
 「え」は「エゴな人」思いやりのない人です。自分中心主義で考え、行動するという「われよし主義」では多くの人から反発を受け、協力は得られない。孤立して、仲間外れにされるのは必定です。
 「は」は「恥ずかしい人」約束を守らない人です。人間が集団で社会を作っている以上、お互いに約束事を守らなければいけないのは当然のことです。約束を守るということが、人間としての証、信用の基本です。その大切な約束というものを守らないとは、実に恥ずかしい人です。
 「ひ」は「卑怯な人」陰でものを言う人、陰で人の批判をする人です。悪口は最初は面白がられます。でもだんだんと忌み嫌われるようになります。なぜなら、「この人は私の悪口も他で言っているのではないか」と思うからです。こういう人は何をやってもうまく行きません。
 「よ」は「幼稚な人」先の読めない人です。子どもが家で目的もなくマッチを擦るのは、それが原因で火事を引き起こすことになるかもしれないことが分からないからです。肝臓がんになるから、酒を控えてくださいと言われたのに飲み続け、肝臓がんで亡くなった方がいました。幼稚な人です。 
 「こ」は「滑稽な人」自分で周囲に言っていることをやらずに、周囲には自分の言っていることを求める人です。公序良俗に反することはしてはいけないと説教していた神父や僧侶が反することをする。自分が日頃、周囲に言っていることとは真逆なことをする人です。

 自分のことに照らし合わせて猛省しています。もう一度初心に帰って、自分を振り返り、反面教師として、この言葉を胸に刻み付けたいと思います。

合掌

2021.01.06「自己変革について」~子会社での出来事

 新年明けましておめでとうございます。みなさん、本年もどうぞよろしくお願いします。

 大府市の弊社グループ会社で、取引先の監査がありました。約1年ぶりの来社でしたが、
その方が内部の変化に驚かれ、「もう同業他社で、手本になるところはない。手綱を緩めることなく、 これからは世界一を目指してほしい」と言われました。現場の改善をやる中で新米課長のやる気に火が付つき、 仕事の面白さが分かってきたのでしょうか、監査の中で課長自らがこの1年間やってきた事柄を元気に自信をもって発表していました。 この課長らの成長ぶりも、この方の言葉に繋がったと思います。
 特にコロナで仕事のなかった4~7月の間に、自ら考え、悩みながら行動し、汗をかきながら工程改善をしたことが、 11月までに花が開いて、売り上げは、ほぼ90%まで戻っているのに人件費は70%までで留まっているという すばらしい合理化・効率化に繋がったのではないでしょうか。この新米課長らの自己変革を伴う活躍ぶりに、「企業は人なり」を改めて実感した次第です。

 カレーハウスCoCo壱番屋の創業者の宗次徳二さんが、『独断』という著書を出されました。 自分にとってもこれ程に考え方の方向性を変えられたものはないくらいでした。
 宗次さんは、コロナ禍をどう過ごすのかが最後に記されています。 「あとになって振り返った時に、コロナ禍で人生が大きく変わったという人がたくさん出てくるに違いない。 私自身、改めて人生を振り返って思うのは、常に前向きで、感謝の気持ちを持ち、自分の関わる活動を発展させるために努力することが大切だ。 自らの欲求を満たし、面白おかしく日々を送るのもいいが、社会に目を向け、その発展のために力やお金を蓄積することも必要だと思う。 そういう生き方の転換を図るには、今はグッドタイミングといえるだろう。反省するべき点があれば素直に反省し、経営者であれば、 これから先の目標・夢を追い続けていく契機としていただきたいと思う。
 大事なのは終息した後である。どんな姿勢で生きるのか、一人ひとりにそれが問われることになるだろう。 いい再スタートが切れるように、今のうちから知恵をだして、自らの姿勢を正していきたいものだ」と。
 大いに自己変革して、充実したアフターコロナの人生を歩むべく、準備をしたいものです。
 『独断』を多くの人に読んでいただきたいと思います。

合掌